2020.04.30すべてはここから
葬祭事業部に正式に配属が決まった。 新たな気分での初出勤。 朝礼ではみなニヤニヤしていた。 私もつられてニヤけてしまった。 本当にうれしかった。 私は研修のときに輪をかけたように走り回った。 どんなケースの依頼でも関わり…続きを読む
2020.04.29すべてはここから
営業所に戻ってきた。ひとまわりも、ふたまわりも成長したつもりでいた。 朝礼で覚えたてのうんちくをならべまくった。 誰も聞いちゃいなかった。 それでもいい、なにか自分の中で見つけたような気持ちでいた。 以前よりもなにか違う…続きを読む
2020.04.28すべてはここから
葬儀の依頼が入った。 研修の身だった私だが、おじ様たちは何の迷いもなく躊躇もなく私に現場へ行かせた。 研修の私に一日も早く覚えさせようとしたのかというと、全く違った。 ただただ皆腰が重かった。何かあれば皆こぞって私の獲り…続きを読む
2020.04.27すべてはここから
葬祭研修の初日。婚礼研修でつまらない思いをした自分は、何も期待せず斎場の扉を開いた。 まだその当時、葬祭事業といえばおじさまたちの仕事で、事務所にはおじさまたちとがほとんど、あとは若い女性が2名と、事務所の主のような女性…続きを読む
2020.04.26すべてはここから
婚礼の現場へ研修に出された。 外務員からしばらく離れられることはうれしかったが、 婚礼の現場では何をするのか全くその時の私には分からなかった。 婚礼の仕事とはたくさんあって、今でこそ舌を噛みそうなカタカナの仕事でかっこい…続きを読む
2020.04.25すべてはここから
営業所の配属先が決まり、所長としての初出勤。 緊張した。 所長とは本当に名ばかり。入社したての二十歳やそこらの小僧・・・何が所長だ。 営業所のみんなの前、緊張しているのがばれないように、少し、いきってあいさつをした。 本…続きを読む
2020.04.24すべてはここから
就職がようやく決まり、ほっとしていたが合同研修の日々が待っていた。 研修、研修、研修・・・。 ついこの間までの自分ならおそらく逃げ出していたのかもしれない。 しかし、その時の自分は逃げなかった。 強くなった。と言いたいが…続きを読む
2020.04.23すべてはここから
高校生活を終え進学校だったにもかかわらず、少々ひねくれていた私は、 受験することなく神奈川県へ就職した。トラックに乗って建設資材を運ぶ仕事だった。 18歳の田舎育ちで、運転もまともにしたことがない私はあっという間に挫折を…続きを読む
2020.04.22コラム
戦前・戦後を生き抜いてきた高齢者は、死に物狂いで必死に生きてきた。 自分は最後まで自分の力で生き抜いてみせると非常に力強い。 先日知り合った高齢者の男性もその一人だ。戦時中も戦後の険しい時代も必死に生きてきたという。 そ…続きを読む