2020.04.29 すべてはここから
営業所に戻ってきた。ひとまわりも、ふたまわりも成長したつもりでいた。
朝礼で覚えたてのうんちくをならべまくった。
誰も聞いちゃいなかった。
それでもいい、なにか自分の中で見つけたような気持ちでいた。
以前よりもなにか違う自分がいる。
一人でそう思っていた。
しかし、外務員にはそうは写らない、自分の中で何か変わろうが外務員にはただの小僧にしか写らない。
小僧は小僧。
なんら営業所での毎日は変わらなかった。
むしろ少しいきっていた私を、けむたく思っているようだった。
数日後、私は葬祭事業への異動を願い出た。
上司は少し驚いていた。
なぜなら、そのころ葬祭事業へ若い男性は誰も行きたがらなかったからだ。
「検討する」そう言われて話は終わった。
営業所での日々、数字・数字・数字。
ただただ数字を追いかける日々が続いていた。
会員獲得は何件増えたのか、解約は何件阻止したのか、目標への達成率は何%いったのか。
毎日をただこなしながら、毎日がただ流れていた。
自分はおかしくなっていた。
ある日、営業所に男性が訪ねてきた。50歳代の男性。
見た目はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
おもむろに大きな声で一言。
「解約してくれ。」
私はあわててその男性に近づき応接室へ促した。
その男性は、ただ会員を解約し、積み立ての返金を求めていた。
ただそれだけのことである。
しかし私は、何とかして解約返金を阻止しようと必死になった。
私はしゃべり倒し、まくし立てた。
男性は先ほどの勢いがなくなり、下を向いていた。
結局その男性は解約せずに帰っていった。半ば諦めただけのようだった。
私は、誇らしかったし、営業所の所長としては当然のことをしたと思っていた。
それから数日が経った。
私はその男性のことは頭になかったし、気にもしていなかった。
営業から外務員が帰ってきた。
私のところへ近づいてきた。
「この間・・・、営業所に来た男性亡くなったそうですよ・・・」
自殺だった。
私ははじめ何のことを言っているのか、誰のことを言っているのかわからなかった。
それぐらいその男性のことは頭にもうなかった。
外務員の顔をじっと見ていた数秒後、はっとした。
あの男性か。記憶が蘇った。
外務員が知り得た情報によれば、その男性は借金を抱えていた。
お金をかき集めていたそうだ。
かき集めているそのひとつとして、ここに解約に来ていたのだ。
それを私は追い返していたのである。
私は言葉を無くし、外へ出た。
小僧の私がとった行動が、一人の人生を狂わせてしまった。
全てがそうかというとわからないが、少なからずは狂わせてしまったのである。
そこまでして解約返金を阻止する必要があったのか。
男性の人生を狂わせてしまうことと引き換えになるほどの価値が、解約返金を阻止することにあったのか。
互助会の会員であることは、そこまでして阻止する価値はない。
間違えた価値観である。
月日が経ち、上司に呼ばれた。
葬祭事業へ出していた希望。
通ったという知らせだった。
【8へ続く】