2020.05.02 すべてはここから
一件の葬儀依頼が飛び込んできた。
部屋の布団の上。
さびしい最後だった。
30代女性。
発見者は、朝になっても起きてこない娘を起こしに来た父親。
起こしに行ったのは2回。
2回目で気づいた。
冷たくなっていたことに。
昨日まで普通に仕事に行っていた。
娘に一晩でなにがあったのか。
全く父親はわからなかった。
自宅での死亡だったため、検視が入り、遺体は病院で検案になった。
検案を受け入れてくれる病院を警察が探した。
総合病院に決まった。
検案のため病院に行くと悲しい現実が待ちかまえていた。
その娘さんはその病院がかかりつけだったのだ。
患者だった。
父親も母親も誰も知らなかった。
担当医が両親の前に現れ、語り始めた。
娘さんは一人で、病気と闘っていました。
両親には心配かけたくないから、絶対に言わないでくれと口止めされていました。仕事も最後まで行き続けたい。そう言って職場にも言わないでいました。
最後の最後まで入院を拒み、限界まで仕事に行き、私はどうしてやることもできませんでした。
本当に生き抜いた強い娘さんだったと思います。
お父さんは、娘が死んだこと以上に、一人で苦しんでいたこと、一人で戦っていたこと、一人で泣いていたこと、
それを知らなかったことが悲しかった。
自分を頼ってくれなかったことが悲しかった。
お父さんは、私に小さく、ダメな父親ですね。
そういうとそれから口を開かなかった。
母親は死を受け入れることが出来なかった。
昨日まで仕事に行き、ただいまと帰ってきた娘。
母親は、眠る娘をずっと見ていた。
突然立ち上がり娘に声をかけた。
「おうちに帰るわよ」
わが子が死んでいるなんて認めない。認めることが出来ない。受け入れない。受け入れることができない。なにもできなかった。
「ほら、起きて。さあ~」抱えあげようとした。
「ほら、早く、起きて、起きなさい。早く、帰るわよ」
「起きなさいって!!」
その瞬間、父親が母親の肩を抱き「もう死んだんだ」
「何言ってるの?お父さん何言ってるの?変わったお父さんね。お父さんも一緒に早く帰りましょ」
父親は母親の肩を強く抱いた。
「早く、起きなさいっ!!」娘を引っ張り起こそうとした。
「もうやめないかっ!!!」父親が怒鳴った。
「帰るのよ、おうちに帰るんだから!」母親は暴れだした。
父親が、強く抱きしめた。
胸に顔をうずめ大きな声で泣き続けていた。
お通夜の準備だけが、進んでいた。
【11へ続く】